藤堂 高虎
とうどう たかとら《とうだう たかとら》
1556(弘治 2)
1630(寛永 7)
◇安土桃山時代の武将。法号は白雲。近江の人。藤堂虎高の次
男。
はじめ浅井長政、羽柴秀長・秀保父子に仕え、秀保の没後は
高野山に入る。
豊臣秀吉に召されて宇和島7万石の城主となり、文禄の役に
従軍。
関ヶ原の戦では徳川方の東軍に属して、伊予国今治20万石と
なる。1608(慶長13)伊勢・伊賀に移封され、22万石。のち加増
され32万4千石。
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とうどう たかとら《とうだう たかとら》
1556(弘治 2)
1630(寛永 7)
◇安土桃山時代の武将。法号は白雲。近江の人。藤堂虎高の次
男。
はじめ浅井長政、羽柴秀長・秀保父子に仕え、秀保の没後は
高野山に入る。
豊臣秀吉に召されて宇和島7万石の城主となり、文禄の役に
従軍。
関ヶ原の戦では徳川方の東軍に属して、伊予国今治20万石と
なる。1608(慶長13)伊勢・伊賀に移封され、22万石。のち加増
され32万4千石。