天武 天皇
てんむ てんのう《てんむ てんわう》
生年不詳
686(朱鳥元. 9. 9)
◇第40代天皇。諱(イミナ)は大海人皇子(オオアマノミコ)、諡(オクリナ)は
天渟中原瀛真人(アマノヌナハラオキノマヒト)天皇。
舒明(ジョメイ)天皇の第3皇子、母は宝皇女(皇極・斉明<サイメイ>
天皇)。中大兄皇子(ナカノオオエノミコ)(天智天皇)・間人皇女(ハシヒトノヒメ
ミコ)(孝徳天皇の皇后)の同母弟。
額田王(ヌカタノオオキミ)(十市皇女の母、のち天智の妃)・胸形君尼
子娘(高市皇子<タケチノミコ>の母)を娶り、中大兄の娘(姉)大田皇女
(大津皇子<オオツノオウジ>の母)・(妹)(「慮」偏+「鳥」)野讃良皇女(草
壁皇子<クサカベノオウジ>の母、のち持統天皇)を妃とする。
皇子には草壁・大津・舎人(トネリ)・長・穂積・弓削(ユゲ)・新
田部・高市・忍壁・磯城ら。
皇女には大来・但馬・紀・田形・十市・泊瀬部・多基ら。
668[天智 7]天智天皇が即位のとき、皇太弟となる。 671
[天智10]天智が子の大友皇子を太政大臣に任じ、危険を察し出
家と称して10月吉野宮へ引退。
天智天皇が没し、翌 672[弘文元. 6.]壬申(ジンシン)の乱で大
友を討ち、 673[天武元. 2.]大和国飛鳥の浄御原宮(キヨミハラノミヤ)
で即位。
新たに八色姓(ヤクサノカバネ)を制定、位階を改定、近江律令を改
修する飛鳥浄御原律令の編集を命じ、律令体制を強化確立する。
また国史の編修に着手・兵制の整備・鎮護国家のための仏教の
奨励などに努める。
即位: 673[天武元. 2.27]、退位(死亡): 686(朱鳥元. 9. 9)。
(2)没年は 686(朱雀 1)。
(「盧」偏+「鳥」)野(ウノ)皇女(持統天皇)をたてて皇后となす。
(4)没年は 686。
(6)没年は 686。
(16)没年は 686(天武15)。
(17)朱鳥元年(六八九)九月九日に亡くなったあと、……。
(*) 686[天武14](朱鳥元)、 689[持統 3]。