冢田 大峰
つかだ たいほう
1745(延享 2.12. 3)
1832(天保 3. 3.21)
◇江戸後期の儒学者(朱子学派)。名は虎、字は叔貔、通称は
多門。信濃の人。父は室鳩巣の門人冢田旭嶺。
はじめ父について学び、十六歳で江戸に出るが貧乏のため独
学。1790(寛政 2)寛政異学の禁のとき、これに反対し市川鶴鳴
(カクメイ)・山本北山・亀田鵬斎(ホウサイ)・泉豊洲とともに五鬼と称
される。1811(文化 8)尾張藩儒、のち藩校明倫堂の督学となる。
(2)冢田 大峯。豊島豊洲・市川鶴鳴・山本北山・亀田鵬斎と
ともに〈寛政の五鬼〉といわれた。
(4)冢田 大峰。
(6)冢田 大峰。
(16)塚田 大峯。