千葉 広常
ちば ひろつね
生年不詳
1183(寿永 2)
◇平安末期の武将。平広常(タイラノヒロツネ)、通称は介八郎・上総国
権介(ゴンノスケ)。上総介千葉常澄の子。平忠常(タダツネ)の子孫。
保元・平治の乱に源義朝(ヨシトモ)に従い参戦。
1180(治承 4)源頼朝(ヨリトモ)の挙兵には下総の千葉常胤が参陣
したのを見て帰服し、富士川の戦で平維盛(タダモリ)軍を破る。
さらに同年11月常陸の佐竹秀義(ヒデヨシ)を金砂城に破る。
関東平定後、頼朝は広常の勢力を警戒する。三浦義澄が頼朝
を饗応したとき、頼朝に広常が下馬の礼をとらなかったため、
1183(寿永 2)謀反の疑いで梶原景時に誅殺される。
のち上総一ノ宮に捧げた願文により疑いが晴れ、投獄中の弟
天羽庄司直胤・相馬九郎常清らは助命される。
(2)天羽荘司直胤・……。
(16)天羽庄司直胤と…….