田村 とし子(田村 俊子)
たむら としこ
1884. 4.25(明治17)
1945. 4.16(昭和20)
◇小説家。本名は「佐藤とし」、無名時代は佐藤露英のちに
市川華紅。田村松魚(ショウギョ)の妻で、号は田村とし子・俊・
俊子。離婚後は佐藤俊子。東京浅草蔵前の米穀商に生れる。
府立第一高等女学校を経て日本女子大学国文科中退。18歳の
とき幸田露伴に師事。一時女優として舞台に立つ。
1909(明治42)同門の田村松魚と結婚。
1911(明治44)『あきらめ』が大阪朝日新聞の懸賞小説に1等
当選。
1917(大正 6)妻子ある鈴木悦(エツ)と恋愛、翌年悦を追ってカ
ナダのバンクーバーに脱出、結婚。1936(昭和11)悦の死亡後、
帰国したが、54歳になってなお親友の夫と恋愛関係におちいり、
それを清算するため1938(昭和13)上海に渡る。
上海大使館の嘱託になって華字婦人雑誌「女声」を発行、中国
名は左俊芝。
1945. 4.13(昭和20)崑山路の外出先で脳溢血により昏倒、昏
睡状態のまま三日後に死去。
作品は『嘲弄』・『遊女』・『炮烙の刑』・『女作者』・
『木乃伊(ミイラ)の口紅』など。
(2)'38には中国に渡り,……。
(13)一三年中国に渡り、……。
(16)誕生日は 4.26。
(?)1942(昭和17)上海に渡る。
◆墓は神奈川県鎌倉市山ノ内の東慶寺。
◎1958(昭和33)田村俊子賞が設定。