竹添 進一郎
たけぞえ しんいちろう《たけぞへ しんいちらう》
1842(天保13)
1917. 3.29(大正 6)
◇外交官・漢学者。号は井井(セイセイ)。肥後天草生れ。竹添履信
(リシン)の祖父。
熊本藩士で、明治維新の際、藩の参謀として活躍。
天津領事を経て、1882(明治15)壬午の変(朝鮮で起きた排日
暴動)の後、朝鮮弁理公使となる。1884.12. 4(明治17)日本軍
を指揮し、国王を奉じた金玉均(ギョクキン)ら開化派とクーデター
を決行(甲申政変)するが、清軍の軍事介入により失敗(日本は
関与を否定)。
のち東京大学教授となり経書を講じる。
著書は『桟雲峡雨日記』・『左氏会箋(カイセン)』。