武田 耕雲斎
たけだ こううんさい《たけだ かううんさい》
1803(享和 3)
1865(元治 2. 2. 4)
◇江戸幕末の勤皇家・水戸藩士。名は正生、字は伯道、通称は
彦九郎・伊賀・修理、号は如雲、隠居後は耕雲斎。水戸藩士跡
部正続の長男、本家武田正房の嗣子。
徳川斉昭に仕え、家老に上る。
1864(元治元. 3.)天狗党の藤田小四郎が尊王攘夷の同志を集
めて筑波山で挙兵し、耕雲斎は推挙されて盟主となる。藩主徳
川慶篤(ヨシアツ)の弟で京都にいる一橋慶喜に具申しようと、同勢
400人を具して諸藩の抵抗の少ない中山道(木曾路)を経て上洛
の途中、加賀藩の本陣に乗り込み降伏、同志とともに越前国敦
賀で斬られる。
1891(明治24)贈正四位。