沢庵 宗彭
たくあん そうほう《たくあん そうはう》
1573(天正元.12.)
1645(正保 2.12.11)
◇江戸初期の僧侶(臨済宗)。諱(イミナ)は宗彭(ソウホウ)、道号(ドウゴ
ウ)は沢庵。但馬国の人。父は但馬国出石(イズシ)の山名家に仕え
た能登守秋葉綱典。
10歳で浄土宗の寺院に入り、15歳で宗鏡寺の希先に禅を学ぶ。
堺(サカイ)の南宗寺の一凍紹滴(イットウショウテキ)の法を嗣ぎ、大徳寺
宗弼に参じ、1605(慶長10)大徳寺の第一座(首座)・南宗寺の住
持など寺庵に執着しなかった。。
1627(寛永 4)大徳寺の後継問題(紫衣<シエ>事件)で公家諸法度
・寺院法度をめぐり幕府に抗弁書を提出して幕府の怒りを買い、
1629(寛永 6)出羽国上山(カミノヤマ)に流され、1632(寛永 9)赦免
で京都に帰る。後水尾天皇は国師号を贈ろうとしたが固辞。
のち徳川家光は武道指南役柳生(ヤギュウ)但馬守宗矩(ムネノリ)の
勧めにより、沢庵を江戸に招喚。大徳寺に帰りたいと家光に申
し出たところ、家光は1639(寛永16)品川に東海寺を創建、開山
として江戸に留めた。
(4)三二年赦されて帰洛し、……。
(6)34年赦免。
◆墓は東京都品川区北品川3丁目の万松山東海寺大山墓地。
◎「夢」の一字が遺偈。
著書『不動智神妙録』は柳生但馬守に対して剣の極意を説い
たもの。
◎山形県上山市には、上山藩主土岐頼行が沢庵のために寄進し
た草庵「春雨庵」が復元されている。
◎沢庵漬けは、沢庵和尚の創案とも、「貯え漬け」の転ともいう。