高山 右近
たかやま うこん
1552(天文21)
1615
◇安土桃山・江戸前期のキリシタン大名・茶人。本名は長房、
通称は右近・右祥・右近将監、号は南坊・等伯、洗礼名ドン・
ジュスト。摂津国高山の国人高山飛騨守の子。
1573(天正元)荒木村重と通じて摂津高槻(タカツキ)城を乗っ取る。
以後、村重の臣となり城主として織田信長に対抗したが、のち
1578(天正 6)信長につき高槻城と教会の保証をとりつける。本
能寺の変後は豊臣秀吉に属し、1585(天正13)播磨国明石(アカシ)
城主。1587(天正15)キリシタン禁令により明石城を没収される。
のち前田利家に招かれ1万5千石。
1614(慶長19)キリシタン国外追放令により追放され、マニラ
で没。
(2)?〜1617(?〜元和 1)。
(4)1552〜1615。
(16)1552〜1614(天文21〜慶長19)。
(*)1615(慶長20