高畠 華宵
たかばたけ かしょう
1888. 4. 6(明治21)
1966. 7.31(昭和41)
◇大正・昭和期の挿絵画家。本名は幸吉、旧号は花宵。愛媛県
北宇和郡(宇和島市)生れ。
京都市立美術工芸学校で学び、14歳のとき大阪の日本画家平
井直水の平井塾門下生(内弟子)となる。翌年、京都市立美術工
芸学校日本画科に入学するが、家族に無断で中退し関西美術院
に転校。送金が途絶え、1907(明治40)上京。
23歳のとき描いた出世作、津村順天堂の「中将湯(チュウジョウトウ)」
の商標は有名。1913(大正 2)「講談倶楽部」に挿絵の執筆を始め
る。1930(昭和 5)村田社から「華宵便箋」から発売、少女たちに
熱狂的支持を受け、皇族の令嬢がお忍びで買いに来たとうわさ
される。
明石愛老園に入園。脳血栓脳軟化症により死去。
(20)本名多吉。