高橋 至時
たかはし よしとき
1764(明和元.11.)
1804(享和 4. 1. 5)
◇江戸後期の天文学者。名は至時、字は子春、通称は作左衛門、
号は東岡(トウコウ)・梅軒。大坂生れ。大坂御定番同心元亮の子、
景保の父。
1795(寛政 7)幕府天文方に抜擢。1797(寛政 9)間重富ととも
に「寛政暦」を完成。
伊能忠敬の北陸・蝦夷地測量を指導。
肺を患い死亡。
著書は『ラランデ暦書管見』など。
◆墓は子の景保(玉岡)とともに東京都台東区の東上野6丁目の
源空寺。
◎伊能忠敬(イノウ・タダタカ)の遺言により、忠敬も至時の墓の脇に
葬られている。