高野 房太郎
たかの ふさたろう《たかの ふさたらう》
1868(明治元.12.24)
1904. 3.12(明治37)
◇明治時代の労働運動家。長崎県生れ。横浜商業卒業。高野岩
三郎(イワサブロウ)の兄。
1886(明治19)渡米、サンフランシスコで苦学する。1890(明
治23)城常太郎(ジョウ・ツネタロウ)・沢田半之助らと職工義友会を組
織。1896(明治29)帰国し、「ジャパン・アドヴァタイザー」の記
者となる。
1897(明治30)片山潜・城常太郎・沢田半之助らと労働組合期
成会を結成。同年、鉄工組合の創立に参加するなど、日本にお
ける近代的労働組合運動の先駆者として活躍。
1899(明治32)労働者消費組合をつくり、消費組合の先駆者と
もなる。
1900(明治33)治安維持法制定により労働組合が後退し、失望
して中国に渡り青島<チンタオ>で客死。
(2)職工義友会をつくり……。
また,'99労働者消費組合である〈共栄社〉をつくり……。
「城常太郎」の項:'90高野房太郎・沢田半之助らと同地で職工
義友会を結成し,'96帰国。
(4)職工義勇会に加わり、AFLのオルグとして帰国。
(6)1886年渡米し在米中城泉太郎・沢田半之助らと職工義勇会
を組織。
(16)'90年城泉太郎・沢田半之助らと職工義友会を組織.
'99年,共覚社の創立に尽力した.