平 頼盛
たいらのよりもり《たひらのよりもり》
1131
1186(文治 2)
◇平安末期の武将。通称は池殿・池大納言(イケノダイナゴン)、法号
は重蓮。平忠盛(タダモリ)の第5子、母は池禅尼(イケノゼンニ)。平清
盛(キヨモリ)・経盛(ツネモリ)・教盛(ノリモリ)の異母弟、忠度(タダノリ)の
異母兄。
平治の乱の功により正四位下修理大夫。1166年、太宰大弐と
なり、慣例を破り任地に下向。1180(治承 4)正二位、1183(寿
永 2)権大納言となる。源(木曾)義仲(ヨシナカ)の入京による平氏
西走の際、後白河法皇を頼り法住寺殿に入り京に残る。
母が源頼朝(ヨリトモ)を助けたことがあり、1184年、頼朝に招か
れて鎌倉に下り、その保護を受け、権大納言に還任し所領も安
堵(アンド)される。1185年、平家滅亡とともに東大寺で出家し重
蓮と号する。
なお、平家には小烏丸(コガラスマル)・抜丸の宝刀が伝えられ、
清盛が抜丸を、頼盛が小烏丸を譲られる。ために清盛と不仲で
あったといわれる。
(*)1131(大治 6
た1の名前一覧
他阿 真教
大院君
大覚
待賢門院 璋子
醍醐 天皇
大黒屋 幸太夫
大正 天皇
大道 一以
大道寺 政繁
大道寺 友山
大弐三位
平 敦盛
平 家貞
平 景清
平 兼隆
平 兼盛
平 清盛
平 国香
平 維衡(平 惟衡)
平 維茂
平 維盛
平 維良
平 貞盛
平 貞能
平 滋子
平 重衡
平 重盛
平 資盛
平 高棟
平 高望
平 忠常
平 忠度
平 忠正
平 忠盛
平 経正
平 経盛
平 時子
平 時忠
平 知盛
平 直方
平 教経
平教盛
平 将門
平 正盛
平 宗盛
平 盛国
平 康頼
平 行盛
平 頼綱
平 頼盛
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高垣 眸
高木 市之助
高木 蒼梧
高木 卓
高木 貞治
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高倉 天皇
孝子
高崎 正風
高三 隆達
高沢 忠順
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高階 隆兼
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高島 九峯
高島 秋帆
高嶋 米峰
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高須 芳次郎
高杉 晋作
高瀬 文淵
高田 郡兵衛
高田 早苗
高田 集蔵
高田 せい子
高田 保
高田 蝶衣
高田 与清
高田 浪吉
高田 半峰
高田 博厚
高田 雅夫
高田 又兵衛
高田 実
高田 保馬
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