平 兼隆
たいらのかねたか
生年不詳
1180(治承 4. 8.)
◇平安末期の武将。通称は山木判官。平和泉守信兼の子。
父に勘当され伊豆国山木郷に流される。
1180(治承 4)源頼政(ヨリマサ)の死により伊豆が平時忠(トキタダ)
の知行国となり、国守平時兼の目代となる。源頼朝(ヨリトモ)の挙
兵の際に緒戦の血祭りに目され、同年8月三島明神の祭礼の日
に山木館を急襲され、加藤次景廉・佐々木盛綱らに討たれる。
(2)(名)山木判官。伊豆国山木郷に流されて……。
(16)伊豆国山本郷に配流された.山本判官と称した.