天田 愚庵
あまた ぐあん
1854(嘉永 7. 7.20)
1904. 1.17(明治37)
◇歌人。幼名は久五郎、一時清水次郎長の養子となり山本五郎
(明治15)、のち剃髪して愚庵・鉄眼(テツゲン)。磐城(イワキ)国平生
れ。戊辰戦争で父母妹が行方不明となり、所在を尋ねて流浪生
活をする。1887(明治20)34歳で出家、鉄眼と称する。
(1)天田 愚庵(あまだ ぐあん)、1854(嘉永 7):正、幼名は
五郎。
(2)天田 愚庵(あまだ ぐあん)、1854(安政元):誤。
(3)天田 愚庵(あまた ぐあん)、1854(安政元):誤。
(5)天田 愚庵(あまた ぐあん)、1854(安政元):誤、幼名は
久五郎。
(8)天田 愚庵(あまた ぐあん)、1854(安政元):誤、幼名は
久五郎。
(11)天田 愚庵(あまた ぐあん)、1854(安政元):誤、幼名は
五郎。
(13)天田 愚庵(あまた ぐあん)、1854(安政元):誤、名は五
郎。