蘇我 馬子
そがのうまこ
生年不詳
626[推古34]
◇飛鳥時代の廷臣。蘇我稲目(イナメ)の子、赤兄(アカエ)の祖父。
稲目の次に大臣(オオオミ)となり、 587年に排仏派の物部守屋(モ
ノノベノモリヤ)を聖徳太子とともに滅ぼし、のち専横をきわめた。
それを憎んだ崇峻(スシュン)天皇を 592年に殺した。推古天皇の時
は摂政聖徳太子と協調したが、太子の死後また権力を握った。
◎奈良県高市郡(タカイチグン)明日香村(アスカムラ)島庄(シマノショウ)にある
石舞台(イシブタイ)古墳を馬子の墓とする説がある。