蘇我 稲目
そがのいなめ
生年不詳
570
◇飛鳥時代の廷臣。蘇我高麗(コマ)の子。用明・崇峻・推古3天
皇の外祖父。
6世紀に大臣(オオオミ)となり、 538(または 552)百済の聖明王
より仏像・経典が献上されて仏教が伝来すると、物部尾輿(モノノ
ベノオコシ)らと対立して崇仏を説き、仏像を豊浦の向原(ムクハラ)の
家に安置。
娘の堅塩媛(キタシヒメ)・小姉君(オアネギミ)を欽明天皇の大后・后
に、石寸名(イシキナ)を用明天皇の后にし勢力を確立。
死後、向原に桜井寺(のち向原寺)が建てられる。