蘇我 赤兄
そがのあかえ
623[推古31]
672[弘文元]
◇斉明・天智朝の官僚。舎人臣・蔵大臣と号する。蘇我倉麻呂
(雄当<オマサ>)の子、蘇我馬子(ウマコ)の孫、蘇我常陸娘(ヒタチノイラツメ)
・石川大(「艸」冠+「豕」旁+「生」)娘(オオヌノイラツメ)の父。
大化改新以後、石川麻呂・連子(ムラジコ)ら兄弟とともに要職
を占める。
658[斉明 4.10.]斉明天皇の牟婁温泉に行幸(ギョウコウ)のとき
留守司となり、11月有馬皇子(アリマノミコ)に謀反(ムホン)をすすめな
がら、兵を起して皇子を捕える。
669[天智 8. 1.]筑紫率(ツクシノソツ)。 671[天智10. 1.]左大臣。
672[弘文元. 8.]壬申の乱に近江(大友皇子)方につき、敗れ
捕われて子孫らとともに流罪。
(2)倉麻呂(雄正)の子……。
(15)倉麻呂(雄当<オマサ>)の子……。
蘇我倉山田石川麻呂の項:倉麻呂(雄当<スマサ>)の子.