曽我 時致
そが ときむね
1174(承安 4)
1193(建久 4)
◇鎌倉初期の武士。伊豆の豪族河津三郎祐重(スケシゲ)(祐泰<スケヤ
ス>)の子。幼名は箱王、のち五郎。母が曽我祐信(スケノブ)と再婚
したので曽我を名のった。
3歳の時に、伊豆に流されていた源頼朝(ヨリトモ)を慰めるため
に催された奥野の狩りで父が、所領争いから工藤祐経(スケツネ)の
家来に討たれた。
1193(建久 4. 5.28夜)兄祐成(スケナリ)と共に富士野の巻狩の際、
父の仇(アダ)を討つ。時致は生け捕えられて殺された。
◎東京都江東区の法乗院に曽我五郎の足跡といわれる石があり、
この足跡に自分の足をのせると親孝行になるといわれている。
せ・その名前一覧
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