相馬 大作
そうま だいさく《さうま だいさく》
1798(寛政10)
1822(文政 5)
◇江戸後期の南部(盛岡)藩士。本名は下斗米秀之進(シモトマイ・ヒデ
ノシン)、名は将真。
もと南部家の被官であった隣藩の津軽家が主家をしのぐ権勢
をふるい出したことを憤り、1821(文政 4)名を相馬大作と改め、
同志らとともに津軽の藩主を矢立峠に襲い失敗(檜山騒動)。
江戸に逃れたが捕縛され、小塚原で斬罪。
◆墓は東京都台東区の谷中霊園。
日本全国の歴史人物、詩人、役者、学者などの有名な方々の名前や簡単な略歴などのデータベース。
そうま だいさく《さうま だいさく》
1798(寛政10)
1822(文政 5)
◇江戸後期の南部(盛岡)藩士。本名は下斗米秀之進(シモトマイ・ヒデ
ノシン)、名は将真。
もと南部家の被官であった隣藩の津軽家が主家をしのぐ権勢
をふるい出したことを憤り、1821(文政 4)名を相馬大作と改め、
同志らとともに津軽の藩主を矢立峠に襲い失敗(檜山騒動)。
江戸に逃れたが捕縛され、小塚原で斬罪。
◆墓は東京都台東区の谷中霊園。