千姫
せんひめ
1597(慶長 2)
1666(寛文 6. 2. 6)
◇徳川秀忠(ヒデタダ)の長女・豊臣秀頼(ヒデヨリ)の室。天樹院(テン
ジュイン)。
1603(慶長 8)大坂に入城し7歳で秀頼に嫁す。1615(慶長20.
5.)大坂落城の際に救出され、翌年、桑名城主本多忠政(タダマサ)
の子忠刻(タダトキ)に再婚。1626(寛永 3)忠刻の死後、落飾して
天樹院と称し江戸に帰り竹橋御殿に住む。
◎大坂落城の際、千姫は石見国津和野(3万石)城主坂崎出羽守
直盛(ナオモリ)に助けられて城を出、坂崎が醜男だったので家康が
約束した婚約を破り、美男の忠刻に再婚したといわれる。実際
には堀内主水(モンド)という武士が千姫を大坂城から連れ出して
いる。また忠政の妻は家康の長男信康(ノブヤス)の娘熊姫(クマヒメ)
で、熊姫から忠刻の嫁にと申し入れがあった。坂崎が千姫を奪
還しようとしたのは、自分が世話をした京都の公卿家との縁組
みを無視されたためという。
◆墓は東京都文京区の伝通院。