千家 俊信
せんげ としざね
1764(宝暦14. 1.16)
1831(天保 2. 5. 7)
◇江戸後期の国学者。通称はC主(キヨヌシ)、号は葵斎・梅廼舎。
出雲国造(コクゾウ)俊男の三男。
松江で漢学を学び、京都で西依成斎(ニシヨリ・セイサイ)に垂加神道
を学ぶ。1786(天明 6)伊予の鎌田五根(イツネ)に橘家(キツケ)神道を
学ぶ。1792(寛政 4)内山真龍(マタツ)の勧めにより本居宣長(モトオリ
・ノリナガ)に入門。
杵築に梅廼舎塾を開く。
日本全国の歴史人物、詩人、役者、学者などの有名な方々の名前や簡単な略歴などのデータベース。
せんげ としざね
1764(宝暦14. 1.16)
1831(天保 2. 5. 7)
◇江戸後期の国学者。通称はC主(キヨヌシ)、号は葵斎・梅廼舎。
出雲国造(コクゾウ)俊男の三男。
松江で漢学を学び、京都で西依成斎(ニシヨリ・セイサイ)に垂加神道
を学ぶ。1786(天明 6)伊予の鎌田五根(イツネ)に橘家(キツケ)神道を
学ぶ。1792(寛政 4)内山真龍(マタツ)の勧めにより本居宣長(モトオリ
・ノリナガ)に入門。
杵築に梅廼舎塾を開く。