末広 鉄腸(末廣 鐵腸)
すえひろ てっちょう《すゑひろ てつちやう》
1849(嘉永 2. 2.21)
1896. 2. 5(明治29)
◇明治前期の政治家・新聞記者・小説家。本名は重恭(シゲヤス)、
幼名は雄三郎、別号は浩斎。伊予宇和島生れ。宇和島藩士。
15歳で藩校(明倫館)に入り、1869(明治 2)藩校の教授。
1875(明治 8)「曙新聞」、のち成島柳北の「朝野新聞」に入り、
藩閥政治批判の論陣を張り、自由民権運動に参加。馬場辰猪(タ
ツイ)・大石正巳らと独立党を組織。1890(明治23)帝国議会第一
回の衆議院議員に当選、1892(明治25)落選、1894(明治27)再び
当選。
頸部癌腫で死去。
政治活動のかたわら政治小説『二十三年未来記』・『雪中梅』
・『花間鶯(カカンオウ)』などを発表。