鈴木 正三
すずき しょうさん
1579(天正 7)
1655(明暦元. 6.25)
◇江戸前期の仮名草子作者。名は重光・重三(シゲミツ)、通称は
正三(マサミツ)・九太夫、号は石平道人(セキヘイドウジン)・玄々軒、法
号は正三。代々の幕臣で徳川家康・秀忠に仕えたが、1620(元
和 6)出家。弟鈴木重成(シゲナリ)が島原の乱で武功を立て天草代
官になったので、正三も天草に赴(オモム)きキリシタンを一掃す
べく仏寺を建て『破吉利支丹(ハキリシタン)』を著す。
日本全国の歴史人物、詩人、役者、学者などの有名な方々の名前や簡単な略歴などのデータベース。
すずき しょうさん
1579(天正 7)
1655(明暦元. 6.25)
◇江戸前期の仮名草子作者。名は重光・重三(シゲミツ)、通称は
正三(マサミツ)・九太夫、号は石平道人(セキヘイドウジン)・玄々軒、法
号は正三。代々の幕臣で徳川家康・秀忠に仕えたが、1620(元
和 6)出家。弟鈴木重成(シゲナリ)が島原の乱で武功を立て天草代
官になったので、正三も天草に赴(オモム)きキリシタンを一掃す
べく仏寺を建て『破吉利支丹(ハキリシタン)』を著す。