杉野 次房
すぎの つぎふさ
1676(延宝 4)
1703(元禄16. 2. 4)
◇江戸中期の赤穂浪士。赤穂藩士、札座横目、禄高八両三人扶
持。通称は十平次(ジュウヘイジ)、戒名は刃可仁剣信士、吉良家を
探索中の変名は杉野九一右衛門(クイチエモン)。
吉良家討ち入りでは裏門隊、三村次郎左衛門(ジロウザエモン)包
常(カネツネ)とともに大槌で裏門を打ち破る。毛利(モウリ)甲斐守の
麻布(アザブ)屋敷に預けられ、翌年、榊庄右衛門(サカキ・ショウエモン)
の介錯(カイシャク)で切腹。