崇伝
すうでん
1569(永禄12)
1633(寛永10. 1.20)
◇江戸初期の僧侶(臨済宗)。字は以心。賜号は円照本光国師。
足利氏の家臣一色秀勝の第2子。
京都南禅寺の住持として塔頭(タッチュウ)金地院(コンチイン)に住み、
金地院崇伝とも呼ばれる。
1605(慶長10)幕府に用いられて僧録司となり、外国文書を掌
る。のち公家・武家をはじめ諸寺諸宗の制度の制定に参与し、
黒衣(コクイ)の宰相と呼ばれる。林羅山(ラザン)とともに豊臣家滅
亡を策する。
徳川家康の没後、天海僧正(天台宗)と家康の葬儀の方法や神
号をめぐって争い失脚。
1627(寛永 4)紫衣(シエ)事件の処理をめぐり権勢をふるう。