杉原 千畝
すぎうら ちうね
1900(明治33)
1986(昭和61)
◇外交官。岐阜県加茂郡八百津町生れ。妻は幸子。
早稲田大学在学中に外務省留学試験に合格。書記生などを経
て、1939(昭和14)リトアニア領事代理として首都カウナスに赴
任。1940(昭和15)ユダヤ人らがナチス・ドイツの迫害から逃れ
るために日本の通過ビザ発給を求めて領事館に殺到。千畝は日
本政府に3度ビザ発給許可を申請したが、ドイツと同盟関係に
あった日本政府は認められなかった。千畝は独自の判断で、約
6千人に対してビザを発給。
1947(昭和22)人員整理で外務省を退官し、貿易会社などに勤
務。
1985(昭和60)イスラエル政府からユダヤ建国に貢献した外国
人に与えられる勲章「諸国民の中の正義の人賞(ヤド・バシェム
賞)」を受章。