白瀬 矗
しらせ のぶ
1861(文久元)
1946(昭和21. 9. 4)
◇明治時代の探検家。秋田県生れ。
仙台第二師団配属中から北極探検を企画。陸軍中尉のときに
予備役となり、1893(明治26)郡司成忠(シゲタダ)の報効義会に参
加、北千島占守(シュムシュ)島に渡ったが、三年間の孤島生活は悲
惨をきわめ物資輸送が途絶え一人生還。 1909(明治42)アメリカ隊の北極到達を知り、未踏の南極に変
更。1910.11.28(明治43)26名の隊員と共に開南丸(木造204トン)
で隅田川(芝浦)から南極探検に出発。
翌年の1911. 2.(明治44)南極圏に進もうとするが、すでに南
極海は結氷期に入っていて氷山に阻まれてシドニーに退却して
寄港。1911.11.19(明治44)再出発。1912. 1.16(明治45)日本人
として初めて南極大陸に上陸。さらに南進し、1912. 1.28(明
治45)南極大陸の南緯80゚05'西経135゚37'に達し、そこを「大和
雪原」と命名。しかし極点に向うだけの食料がなく前進を断念
し帰路に着く。
著書『千島探検録』(1897<明治30>)。
(2)南緯80.5度の地点にまで達した。
(6)「大和雪原」の項。南極大陸のロス氷棚東部,南緯85゚05'一
帯の氷原。
(16)南緯85度05分西経135度37分の地点に達したが,……。
◎1941.12.(昭和16)東京都港区海岸3丁目の埠頭公園内に、開
南丸の出港の地を記念して南極探検隊記念碑が建てられた。