俊寛
しゅんかん《しゆんくわん》
1142
1179(治承 3. 9.)
◇平安末期の僧侶(真言宗)。仁和寺法印寛雅の子。僧都(ソウズ)、
法勝寺執行(シギョウ)。
後白河法皇の信任を得て近臣として活躍。京都東山の鹿ヶ谷
(シシガタニ)の山荘で、藤原成親・(少将)成経父子や平(判官)康頼
(ヤスヨリ)らと平清盛を滅ぼそうと謀ったが、源行綱の密告によっ
て謀議が露見する(鹿ヶ谷の変)。1177年薩摩国鬼界島(キカイガシマ)
に流され、翌年大赦で成経・康頼は召還されたが、独り残され
て三年後に死亡。
(4)生年は1142、没年は1178(治承 2)。
(6)生年不詳、没年は1179(治承 3)。
(*)1142(永治 2