島村 抱月
しまむら ほうげつ
1871(明治 4. 1.10)
1918.11. 5(大正 7)
◇評論家・劇作家・英文学者・翻訳家。本名は滝太郎、旧姓は
佐々山。島根県那賀郡久佐村生れ。家が貧しかったので裁判所
の給仕となり勉学。1890.10.(明治 23)上京、東京専門学校(現
:早稲田大学)政治科入学。1891. 6.(明治 24)学費などを後援
してくれた那賀郡浜田町裁判所検事の島村文耕の養子となる。
同年十月、東京専門学校文学科へ再入学、1894(明治27)文学科
卒業。1895(明治28)文耕の姪(メイ)島村イチ子と結婚。1902. 3.
(明治35)東京専門学校の海外留学生として英独に渡り、1905.
9.(明治38)帰国。松井須磨子(スマコ)と恋愛問題を起し、師の坪
内逍遥(ショウヨウ)のもとを離れ、1915. 7.(大正 2)芸術座を旗揚
げ。
東京牛込区横寺町の芸術倶楽部でみとる者がなく急死。東京
市外雑司谷墓地に葬る。法名、安祥院実相抱月居士。松井須磨
子は抱月の病没後、二ヶ月目の命日にあと追い自殺。
(5)松井須磨子との恋愛問題をはさんで師のもとを離れると同
時に大正二年七月、芸術座の旗揚げとなる。
(13)大正二年の五月に「文芸協会」を退き、九月に「芸術座」を創
設して、……。