宍野 半
ししの なかば
1844(天保15. 9. 9)
1884. 5.13(明治17)
◇明治初期の宗教家(扶桑教)。薩摩国薩摩郡隈之城(現:鹿児島
県川内<センダイ>市)の地侍出身。宍野休左衛門の第2子。
1872(明治 5)教部省に仕えたが、富士山を中心に国教を樹立
しようと志し、浅間神社宮司となり諸講社を結集し、1873(明
治 6)教部省を辞任して富士一山(フジイチザン)講社を組織。1874
(明治 7)富士の廃仏棄釈を指揮。
さらに富士講の伊藤六郎兵衛を引き入れて丸山講を吸収し、
1875(明治 8)神道事務局所属の扶桑教会を設立。1882(明治15)
扶桑教として一派独立。