食行 身禄
じきぎょう みろく
1671(寛文11. 1.17)
1733(享保18. 7.13)
◇江戸中期の富士講の指導者。油商。俗名は伊藤伊兵衛。伊勢
国一志(イチシ)郡の農民の子。
13歳で江戸に出て呉服屋で働く。同郷者の勧めで富士講に入
り1687(貞享 4)食行の行名を受ける。
1717(享保 2)富士講6世の行者となり、1722(享保 7)から食
行の下に身禄を加えて名乗る。
富士講の呪術・祈祷中心の行法を排除し、処世訓と生業の勧
めを含む体系的な教義を整えた。
(26)享保十八年七月十三日(一説に十七日または十八日)富士山
にて没、享年六十三歳。
◎当時、光清(コウセイ)派富士講が加持祈祷を中心としていた。