早良 親王
さわら しんのう《さはら しんわう》
生年不詳
785(延暦 4.10.)
◇光仁天皇の第2皇子、母は高野新笠(ニイガサ)、桓武天皇の同
母弟。追号は崇道(スドウ)天皇
768(神護景雲 2)出家。 770(宝亀元.10.)父白壁王が即位
(光仁天皇)、親王となる。 781(天応元)桓武天皇の即位ととも
に皇太弟となる。
785(延暦 4. 8.)佐伯・大伴氏らの藤原種継暗殺事件に連座
し、廃されて淡路国に配流の船中で10日間絶食して死去。
◎親王の死後、皇太子安殿親王(平城天皇)が病に倒れて怨霊に
悩まされたり、桓武天皇の皇后藤原乙牟漏や母の高野新笠らが
相次いで死去するなど、皇室や藤原氏に病死者が出て、さらに
その秋に疫病が流行したので、親王の祟(タタ)りと考えた朝廷は、
800(延暦19)崇道(スドウ)天皇を追贈する。