狭野弟上 娘子
さののおとがみのおとめ
生年不詳
没年不詳
◇奈良時代の歌人・後宮の下級女官。 739(天平11)暮れ頃、
中臣宅守(ナカトミノヤカモリ)と通じ勅勘に触れ、宅守は越前味真野に
流された。その間の贈答歌(宅守40首、娘子23首)が『万葉集』
に収められている。
(5)さののおとがみのおとめ(狭野弟上 娘子)。
(6)さののちがみのおとめ(狭野茅上 娘子)。写本によって茅
上を弟上(オトガミ)と書くものがある。
(11)さののちがみのおとめ(狭野茅上 娘子)。
日本全国の歴史人物、詩人、役者、学者などの有名な方々の名前や簡単な略歴などのデータベース。
さののおとがみのおとめ
生年不詳
没年不詳
◇奈良時代の歌人・後宮の下級女官。 739(天平11)暮れ頃、
中臣宅守(ナカトミノヤカモリ)と通じ勅勘に触れ、宅守は越前味真野に
流された。その間の贈答歌(宅守40首、娘子23首)が『万葉集』
に収められている。
(5)さののおとがみのおとめ(狭野弟上 娘子)。
(6)さののちがみのおとめ(狭野茅上 娘子)。写本によって茅
上を弟上(オトガミ)と書くものがある。
(11)さののちがみのおとめ(狭野茅上 娘子)。