里見 義実
さとみ よしざね
1417(応永24)
1488(長享 2)
◇室町時代の武将。幼名は久太郎・左馬助、通称は刑部少輔。
法号は杖珠院建室勝興。里見氏10代目家基の子で、安房里見氏
の初代。成義の父。
父家基とともに鎌倉公方足利持氏の遺子春王・安王を奉じ、
結城氏朝の居城(下総の結城城)に拠る。1441(嘉吉元)上杉憲実
らに攻められて家基・氏朝は戦死。義実は陥落以前に相模に逃
れ、さらに安房国白浜に至る。
安房(現:千葉県南部)を割拠していた安西・神余(カナマリ)・丸・
東条の対立抗争に乗じ、1445(文安 2)安西景春を滅ぼし安房一
国を支配し白浜に築城。
のち安房の金山城の東条常政、上総の根古屋城の正木大膳を
討ち滅ぼして勢威を張る。