坂本 竜馬
さかもと りょうま
1835(天保 6.11.15)
1867(慶応 3.11.15)
◇江戸末期の勤皇家。名は直柔(ナオナリ)、変名は才谷梅太郎。土
佐藩の郷士。坂本乙女(オトメ)の弟。
家業(才谷屋)の酒造業を弟に譲り、江戸に出て千葉周一の弟
に剣を学ぶ。武市瑞山(タケチ・ズイザイ)らの土佐勤王党に入るが、
藩政にあきたらずに1862(文久 2. 3.24)脱藩。
勝海舟の門に入り神戸海軍操練所の設立に努力する。1863
(文久 3)八月十八日の政変で幕政が反動化すると、勝の紹介で
西郷隆盛をたより薩摩藩に保護され、その援助で土佐藩脱藩の
同志と共に1864「亀山社中」を組織し物産・武器の貿易を行う。
中岡慎太郎との斡旋で、1866(慶応 2. 1.21)長州の木戸孝允
と薩摩の西郷隆盛が京都で会見し、薩長同盟が結ばれ、討幕派
の結集に成功。同年、第二次長州征伐では長州藩海軍を指揮。
1867(慶応 3)後藤象二郎の援助で土佐藩に付属するようになり
「海援隊」と改称。王政復古(船中八策)に尽力、山内豊信を説い
て大政奉還を実現させる。
京都の旅寓の醤油商近江屋で中岡慎太郎と共に見廻組の刺客
(幕臣今井信郎)に暗殺された。
(4)生年は1835。
(6)生年は1835/36。
(16)生年は1835(天保 6)。
(*)1864(文久 4