阪谷 芳郎
さかたに よしお《さかたに よしを》
1863(文久 3)
1941(昭和16)
◇明治〜昭和前期の財政家・政治家。漢学者阪谷郎盧(ロウロ)の
4男、妻琴子は渋沢栄一の次女。岡山県出身。
東京帝国大学法学部政治科卒。1884(明治17)大蔵省に入る。
日清戦争時には大本営付として戦時財政の運用にあたる。1903
(明治36)大蔵次官。1906(明治39)第1次西園寺内閣の大蔵大臣。
1907(明治40)男爵。1912年、東京市長。1917(大正 6)貴族院議
員。専修大学総長。1941(昭和16)子爵。
外地の日本語教育に関心を持ち、日語文化学校を創設。
(*)1912(明治45