坂崎 直盛
さかざき なおもり
生年不詳
1616(元和 2)
◇江戸初期の武将。名は直行・直盛・成正・重長、通称は出羽
守。宇喜多忠家の子。
はじめ宇喜多秀家(ヒデイエ)に仕え、1599(慶長 4)宇喜多家を
去り徳川家康に仕える。1600(慶長 5)関ヶ原の戦の功により、
1601(慶長 6)石見国(鳥取県)津和野3万石を与えられ、姓を坂
崎と改め出羽守と称する。
1615(慶長20. 5.)大坂夏の陣で落城の際、豊臣秀頼(ヒデヨリ)
に嫁していた徳川家康の孫千姫(センヒメ)を救出。家康は千姫を嫁
がせる約束する。しかし翌年、千姫が応ぜず姫路城主本多忠政
(タダマサ)の子忠刻(タダトキ)に嫁ぐことになり、千姫を奪還しよう
として失敗し自刃。
◎「せんひめ(千姫)」を参照。