斎藤 義龍
さいとう よしたつ
1527(大永 7)
1561(永禄 4. 5.11)
◇戦国時代の大名。初名は新九郎高政、法名は雲峯玄龍居士。
斎藤道三(ドウサン)の子とするが、美濃守護土岐頼芸(トキ・ヨリナリ)の
妾三芳野が道三に嫁してからの子で頼芸の子ともいわれる。
道三が正室所生の子に家督を譲ったことで、1555(弘治元)異
母弟を殺し道三と義絶。1556(弘治 2)崇福寺辺の長良川畔で父
と戦い敗死させる。将軍足利義輝に仕え、偏諱(ヘンイ)を賜り義
龍と改名。厚見郡に伝灯護国寺を建立。
以後、美濃進攻を図る織田信長と戦ったが、病死する。