斎藤 道三
さいとう どうさん《さいとう だうさん》
1494(明応 3)
1556(弘治 2. 4.20)
◇室町末期(戦国時代)の武将。初名は松波庄五郎(庄九郎とも)、
名は利政(山城守)、のち秀竜、剃髪して道三。山城国西岡生れ。
山城(ヤマシロ)の油売りで美濃を往来、美濃の守護土岐頼芸(トキ・
ヨリナリ)にとり入り、家臣長井氏の家老西村家をつぎ西村勘九郎
(カンクロウ)と改名し、ついで主家長井利隆の跡をつぎ長井規秀と
改名。
1538(天文 7)守護代斎藤氏をつぎ利政と改名。
1542(天文11)土岐頼芸を追放し美濃を奪取し、頼芸を援助す
る尾張の織田信秀と抗争する。
1549(天文18)信秀と和し、信秀の子信長の妻に娘濃姫(ノウヒメ)
を嫁がせる。
継嗣問題で子義龍(ヨシタツ)と戦い長良川で敗死。
◎下剋上(ゲコクジョウ)の典型的人物とされる。