五島 慶太
ごとう けいた《ごたう けいた》
1882(明治15)
1959(昭和34)
◇大正・昭和期の実業家。五島昇(ノボル)の父。
農商務省の嘱託を経て1913(大正 2)鉄道院に入り6年で退官。
武蔵野電鉄常務取締役。1941(昭和16)相模鉄道・小田急電鉄・
京浜電鉄などの社長。1944(昭和19)東条内閣の運輸通信相。
太平洋戦争後は公職追放となる。
1948(昭和23)大東急記念文庫を創設、1960. 4.18(昭和35)五
島美術館を設立。
1977(昭和52)東急電鉄会長。