小杉 玄適
こすぎ げんてき
1730(享保15)
1791(寛政 3. 1. 7)
◇江戸中期の医者。名は在寛。
1754(宝暦 4)原松庵・伊藤友信と連署で京都所司代の藩主酒
井讃岐守忠用に刑屍解剖允許を願い出て、死刑囚の解剖を行う。
◎この解剖に立ち会った山脇東洋は『臓志』を表した。
江戸に出た玄適は同藩の杉田玄白に解剖の必要を説いている。
日本全国の歴史人物、詩人、役者、学者などの有名な方々の名前や簡単な略歴などのデータベース。
こすぎ げんてき
1730(享保15)
1791(寛政 3. 1. 7)
◇江戸中期の医者。名は在寛。
1754(宝暦 4)原松庵・伊藤友信と連署で京都所司代の藩主酒
井讃岐守忠用に刑屍解剖允許を願い出て、死刑囚の解剖を行う。
◎この解剖に立ち会った山脇東洋は『臓志』を表した。
江戸に出た玄適は同藩の杉田玄白に解剖の必要を説いている。