教如
きょうにょ《けうによ》
1558(永禄元)
1614(慶長19)
◇安土桃山・江戸初期の浄土真宗の僧・本願寺12世・東本願寺
(真宗大谷派)の始祖。諱(イミナ)は光寿、院号は信浄院。摂津国
の石山本願寺(大坂)生れ。顕如(ケンニョ)(光佐<コウサ>)の長男。
石山本願寺合戦(石山一揆)で1580(天正 8)父顕如が織田信長
と和議を結び退去後も籠城。諸国の門末に応援を求め、退去派
と籠城派との間で教団が分裂する遠因をなす。
1592(天正20)顕如の没後、本願寺12世(法灯)を継ぐが、豊臣
秀吉の命で隠退。
1602(慶長 7)徳川家康から京都七条烏丸(カラスマル)に寺地の寄
進を受け東本願寺を建立。