行基
ぎょうき《ぎやうき》
668[天智 7]
749(天平21. 2. 2)
◇奈良時代の僧。俗姓は高志氏。
早くから諸国を巡遊し、布教や池堤設置・寺院建立・道路開
拓・橋梁架設など社会事業活動を行い行基菩薩と崇(アガ)めら
れる。 717年、寺外の活動が僧尼令(ソウニリョウ)に反するため禁止
される。しかし、 731(天平 3)政府は民間仏教を抑えきれず禁
圧を弛(ユル)め、翌年から活動を再開、社会的信望を集める。
のち聖武天皇の帰依を受けて、 743(天平15)東大寺大仏造営
費の勧進(カンジン)に起用される。 745(天平17)大僧正位を、
749(天平21)大菩薩の称号を授かる。同年、菅原寺(スガワラデラ)
で入滅。
墓は生駒市の竹林寺(チクリンジ)。
(4)俗姓は高志氏。和泉の人。
(6)和泉国の人。百済の帰化人の末という。薬師寺で道昭,義
淵らに学び,……。
(17)高志才智(コシノサイチ)(中国系の王仁<ワニ>の後裔<コウエイ>西文<カワ
チノフミ>[西書<フミ>]氏の分派)の長男として和泉(当時河内に属し
た)の堺に生まれ、母の蜂田古爾比売(ハチタノコヒメ)も中国系氏族。
天武十一年(六八二)飛鳥寺で出家し、道昭に師事したらしく、
……。
(*) 717(霊亀 3