木村 芥舟
きむら かいしゅう
1830. 2.27(文政13. 2. 5)
1901.12. 9(明治34)
◇江戸幕末の幕臣。名は喜毅(ヨシキ)、字は天模、号は楷堂・
芥舟。江戸浜御殿役宅に生れる。浜御殿奉行木村喜彦(又助)の
子。
1842(天保13)奉行見習、1844年両番格、1848年昌平黌乙科に
及第、1855(安政 2)浜添奉行の講武所出役、同年9月西丸目付
を歴任、1856(安政 3)目付、1857(安政 4)長崎で海軍伝習にあ
たる。1860年の遣米使節新見正興らの咸臨丸の司令官。1864年、
開成所頭取・海軍奉行。
1868(慶応 4)2月海軍所頭取、3月勘定奉行、江戸開城の善
後処理に当たり、明治政府の招きに応ぜず、6月辞表を提出、
7月隠居して芥舟と号する。
(*)1844(天保15