木村 貞行
きむら さだゆき
1658
1703(元禄16. 2. 4)
◇江戸中期の赤穂浪士。譜代の赤穂藩士、馬廻・絵図奉行、禄
高150石。通称は岡右衛門(オカエモン)、戒名は刃通普剣信士、赤穂
を出る前から石田左膳(サゼン)の変名を使用、吉良家の探索中の
変名は町人八右衛門(ヤエモン)。
吉良家討ち入りでは裏門隊。伊予国松山藩主松平隠岐守(オキノ
カミ)の江戸屋敷に預けられ、翌年、宮原久太夫(ミヤハラ・キュウダユウ)
の介錯(カイシャク)で切腹。
(+)『忠臣蔵銘々伝◆物語と史蹟をたずねて』成美堂出版昭和56年11月 1日初版発行監修:尾崎秀樹昭和57年 1月10日四刷発行
「宮原久太夫」は「大高源五忠雄」の項での「宮原九太夫」と同一
か?。
(*)1658(明暦 4