アダムス
あだむす
1564(永禄 7)
1620(元和 6. 5.16)
◇江戸前期、日本に来た最初のイギリス人・航海士。名はウィ
リアム・アダムス(William Adams)、日本名は三浦按針(アンジン)。
イギリスのケント州ギリンガム生れ。
12歳の時、ライムハウスの造船所に入る。のちバーバリ会社
に雇われ12年間、地中海付近を航海。1598(慶長 3)オランダ東
インド会社に雇われ、東洋に艦隊を派遣する水先案内人となり、
マラッカ諸島に向って航海中、難船。
乗船リーフデ号は1600(慶長 5)豊後に漂着。部下のオランダ
人ヤン・ヨーステンとともに大坂・江戸で徳川家康と謁見。命
を受けて2隻の西洋帆船を建造。相摸国三浦郡逸見(ヘンミ)村250
石と、江戸日本橋に邸を与えられ、ヨーステンとともに外交顧
問となる。三浦按針と呼ばれ、姓は所領地に、名は当時水先案
内を按針と呼び、それに因む。
彼はバンダム(インドネシア)のイギリス商館に日本貿易有望
の書を送り、セリースがバンダムに在った艦隊を率い、1613
(慶長18)平戸に入港、駿府で家康に、江戸で将軍秀忠に謁見し、
英国王ジェームス1世の国書を呈し、貿易の許可を得る。平戸
に商館を設け、コックスを館長とし、帰国。
アダムスは帰国を希望しながらもセーリス一行とは相容れず
日本に留まり、商館員となる。鎖国令の中、貿易はオランダの
みとなり、不遇のうちに平戸で病死。