足立 重信
あだち しげのぶ
1560(永禄 3)頃
1625(寛永 2)
◇江戸前期の武将。通称は半助のち半右衛門。美濃の人。
若いころから加藤嘉明(ヨシアキ)に従って戦い、文禄・慶長の2
度の朝鮮出兵や関ヶ原の戦いに従軍し、その功により伊予松山
藩の家老職(食封5千石)を受ける。
伊予川の堤防を築き5千余町の新田を開発、これにより重信
川と改称される。松前(マサキ)城を拡張し石手川を改修する。ま
た、勝山移転の際は普請奉行となり、1603(慶長 8)松山城を築
き、城下に町家を集め松山と改称する。
(2)石手川の改修に力をいれ,……。
(6)石手川改修を行う。
(16)石出川の流域を変更するなど,……。