足利 義勝
あしかが よしかつ
1434(永享 6. 2.)
1443(嘉吉 3. 7.21)
◇室町幕府の第7代将軍。幼名は千也茶丸。第6代将軍義教の
長子、母は裏松重光の娘重子(シゲコ)。
1441年、嘉吉の乱で父が赤松満祐に殺されたため、管領細川
持之らに擁立されて8歳で家督を継ぎ、義勝と改名。翌年元服
し征夷大将軍となり畠山持国の補佐を受ける。在任1年足らず
で赤痢を病み死亡。
将軍就任1442(嘉吉 2.11. 7)、退任(死亡)1443(嘉吉 3. 7.
21)。
(*)1441(永享13