足利 義明
あしかが よしあき
生年不詳
1538(天文 7.10. 5)
◇室町後期の武将。俗名は右兵衛佐、通称は小弓御所・雪下殿、
法号は八正院空然。第2代古河(コガ)公方足利政氏(マサウジ)の次
子、高基(タカモト)の弟。
父と合わず陸奥を流浪、のち還俗して上総の武田氏に迎えら
れ、下総国小弓に拠城する。安房の里見義弘(ヨシヒロ)と結んで第
4代古河公方晴氏(ハルウジ)(高基の子)と対立する。1538(天文 7)
晴氏の舅(シュウト)北条氏綱・その子氏康と下総国国府台に、里見
義堯(ヨシタカ)とともに戦い、義明は敗死。
(2)上総の武田氏に迎えられ,……。
(16)下総の武田氏に迎えられて……。